リレーエッセイ

リレーエッセイ 第25回 学部3期生 高梨(旧姓:手塚)あさきさん

学部3期生の高梨(旧姓:手塚)あさきと申します。前回の白幡さんとは学部の同期で今も縁あって、彼女が勤める病院と同じ法人の看護学部で教員をしている関係で年に1−2度は実習で彼女の病院にお世話になっています。不思議な縁で白幡さんとは学生時代も同じバイト先だったり、大学院時代も彼女の後に同じクリニックで働いたりと何かと同じ職場になっていました。ただ、いつもすれ違いで直接一緒に働いたことはなくて、白幡さんとの思い出は、若い頃一緒にライブへ行ったり、楽しくお酒を飲んだりした事です。今はなかなか若い頃のように自分のために自由に時間を使えませんが「いつかのんびり温泉に行こうね」が合言葉になっています。

 さて、少し自分自身のことも書くと、様々なご縁に恵まれ今教員という仕事をさせて頂いています。学生時代には教員になるなど夢にも思っていなかったので、時々ふと「なぜ私が教員をしているのだろう」と不思議な気分になる事もあります。教員生活も10年になろうとしていますが、ここには書き尽くせないような偶然が重なって、今の自分が居ます。20代の頃は様々な職種のアルバイト、そして大学院に研究生にと自分の興味に従って生きていました。それでも目の前のやるべき事を「一生懸命やってきた」ことが、ご縁を引き寄せたと思います。その時、何に役立つかはわからなくても、頑張ったことは思いもかけない形で後から自分にきっと返ってきます。逆に頑張らなかったことや適当にしてきてしまったことは、その場はやり過ごせても後から思わぬ形で自分の足を引っ張る事を実感しています。

若い同窓生の皆さんの中には色々な迷いも多いと思いますが、迷いながらも目の前のやるべき事を大事に過ごしてもらえたらと願っています。

リレーエッセイ 第24回 学部3期生 白幡峰子さん

学部3期生の白幡(旧姓:東山)峰子と申します。前回の岡本小百合さんとは、同じ東京都内大学病院のNICU・GCU病棟に同期配属されました。今では毎年海外旅行に行く大切な友人です。学年は違いますが同じ大学出身者の同期がいて、とても心強かったです。
 
早いもので、上京してから18年目となりました。
こんなに長く東京にいるなんて、全く想像もしていませんでした。私は北海道出身。暑いのが大の苦手です。盆地特有の山形の暑さも私には堪えていましたが、東京の昼夜を問わない暑さ、過酷さは山形以上であり、年々増しているように感じます。なかなか東京の暑さに慣れることは難しいようです。
 
私にとって山形は第二のふるさとです。雄大な自然と温かい人びととの交流が私の大切な経験となっています。
 
最後に、数年前にご縁があり結婚した夫も山形県の出身。しばらく足が遠のいていた山形でしたが、今では夏と冬に帰省しており、本物のふるさとになりつつあります。

 

リレーエッセイ 第23回 学部5期生 岡本小百合さん

長島弥生さんからバトンを引き継ぐことになりました、学部5期生の岡本小百合と申します。長島さんとは大学でも職場でもない場所で偶然知り合い、不思議な縁を感じています。せっかく長島さんから引き継いだバトンなので、今回はこの縁について書こうと思います。

私は現在、東京にある大学病院のNICU病棟で新生児集中ケア認定看護師として働いています。自分の言葉で意思を伝えることのできない患者を対象とし、繊細な作業がほとんどである職場は緊張の連続です。その分、プライベートでは趣味を楽しみ、ストレスを発散させるようにしています。

その趣味の1つが習い事です。シフト制の仕事ですから決まった曜日・時間ではなく、自分の好きな時間に行くことができる教室に通っています。そのため他の生徒さんと顔なじみになることは少ないのですが、お稽古中におしゃべりな先生が「この方も看護師さんなのよ。同じお仕事ね」と長島さんを紹介してくれました。お稽古の後、話してみると二人ともNICU病棟で働いていることがわかりました。私はその偶然に親近感を覚え、その場で連絡先を交換しました。

しかし、偶然は更に続きます。長島さんとは時々食事に行き、仕事のことやプライベートなことなどを話しています。何気なくしていた会話の中で二人とも山形大学出身だということがわかったのです。資格は違いますが同じ専門家として新生児看護に従事し、同じ習い事をしているということだけでも十分親近感を持っていたのですが、さらに同じ大学出身の先輩後輩の仲だという偶然に縁を感じずにはいられませんでした。世間は狭いとはこういうことを言うのだと実感しました。

今回、このリレーエッセイを書きながら、久しぶりに山形の人の温かさや長閑な環境、勉強とサークル活動に一生懸命だった学生時代を思い出し、懐かしい気持ちでいっぱいになりました。このような機会を頂けたことに感謝し、次の方にバトンを引き継ぎたいと思います。

 

リレーエッセイ 第22回 学部8期生・博士前期課程8期生 長島弥生さん

 この度,学部同期の土屋沙織さんよりバトンを引き継ぐことになりました,学部・博士課程前期8期生の長島弥生と申します。

 今回,土屋さんからお話をいただき,改めて過去のリレーエッセイを読んで,学部同期や先輩・後輩の皆様が,卒後様々な道に進まれていることを知り,感慨深い思いです。

 私は山形大学を卒業後,そのまま山形大学大学院に進み,将来専門看護師(CNS)になることを夢見て,小児看護学を専攻しました。大学院卒業後は,上京して現在も勤めている総合病院に就職し,NICUに配属されました。その後,小児科・産科の経験を経てNICUへ戻り,卒後7年目で念願だった小児看護専門看護師の資格を取得し,現在もNICUで働いています。NICUにおける継続看護をCNSのサブスペシャリティーとし,出生前訪問制度の確立やきょうだい支援,遺伝診療部との連携をメインに活動しています。

 私が現在勤めている病院は,CNS第1号(がん看護領域)や小児看護CNSの第1号もいる恵まれた環境で,日々先輩方から勉強させて頂いています。以前はCNSをとても遠い存在のように感じていましたが,自分が実際なってみると,日々の看護の延長線上にいるのだと感じます。

 ある日のCNSメンバー同士の飲み会で,おむつのあて方1つをとっても看護師のセンスが問われるという話で盛り上がりました。看護は,自分にしかできない手術を行うスーパードクターのような存在になることではなく,おむつ交換のように一見すると誰にでもできるようなことを,皮膚の状態をきちんとアセスメントし,適切なサイズや素材を選択し、よれないように左右対称にテープを張ることで、スキントラブルを予防することだということです。点滴の固定方法もまた然り。患者さんの動線や,関節可動域に配慮した固定ができるかどうかで,その点滴がどれだけもつかも変わってきますし,患者さんの生活のしやすさにも影響します。そんなことを話しながら飲むお酒もまた美味しいものです。

 どの領域であれ,長く働いていると,キャリアプランやワークライフバランスについて悩むこともあるかと思います。専門的な資格を取る事や,大学院で勉強することも魅力的な選択肢ではありますが,ケアを提供する相手にどれだけの心遣いができるのか,ということが看護を行うことの最大の魅力ではないかと思う今日この頃です。

リレーエッセイ 第21回 学部8期生 土屋沙織さん

 この度,リレーエッセイのバトンを受け取りました、看護学科8期生の土屋沙織と申します。卒業生としてこういった形で山形大学に関われることをうれしく思います。私は卒業後,地元の病院で10年ほど小児科看護師として働き,3年前に上京し現在は大学に勤務しております。地元以外の土地に現在いることに私自身驚いております。

 さて今回は,生まれてから数年前まで地元から出たことのなかった私が,上京して感じたことを回視してみたいと思います。

「住むのは都会が良いか,田舎が良いか」

 小学校高学年の道徳授業の時に議論のテーマになったものです。都会は,なんといっても欲しいものが(お金を出せば)すぐ手に入ります。美術館に行きたい!と思ったら数時間後には叶ってしまう,おしゃれなあのお店のあれが欲しい!と思えばすぐに手に入る,そんな生活があります。片や田舎は,広大な自然があることではないでしょうか。仲間とキャンプに行き,冬はスノーボードに行く,そんな楽しみ方が田舎にはあります。

 前述の議論のテーマの当時の私たちの答えは,同級生(と言っても7名)のうち,1名だけが「暮らすなら都会」と答えました。当時の田舎に住む小学生が,都会という言葉だけでどれ程想像できたかは程度が知れた話でありますが,2者に関して同等の知識とそれについての経験がある今でも,行き着くのは「住めば都」というところでしょうか。

 都会と田舎,どちらにも良い点と悪い点があり,実現できることとできないこと,そこでしか経験できないこと,その場所でだからこそ楽しめることがあります。自分自身をその環境に適応できるよう努力することは必要です。ただ,自分の生まれ育った故郷への思いはどこに住んでも変わらないということは確かな事実です。

 漠然とではありますが,私自身故郷のために何かしら還元したいと考えるようになりました。そのためにこれから起こることを受け入れ,今この場でしか経験できないことを吸収して行きたいと思います。

リレーエッセイ 第20回 学部8期生 川村(旧姓:早坂)奈美さん

 私は学部8期生の川村奈美と申します。卒業後上京して助産師免許を取得し、都内の病院で5年間助産師として働いた後、大学に勤務して8年になります。現在は教員として複数の施設に行き臨床を見る機会が多くあります。医療に携わる人、医療を学ぶ人、それぞれの熱い眼差し、熱意にはいつも心を打たれます。看護師の働き方、看護観に触れると、知識や技能、専門的態度を身につけるだけでなく、プロとしての自覚を持つことによって生じる看護の可能性の広がり、深さや面白みを感じます。また、他職種との双方の理解は更なる強みになります。それぞれの専門性を活かして看護はどうあるべきかを考えさせられます。

 さて、東京は刺激的な都市です。やりたいことが次々に沸き、興味があれば何でもできる場所です。旅行や音楽、スポーツなど、やりたいことを意のままにしてきました。今の楽しみは、2020年に開催される東京オリンピックです。東京で人に会うと、最初の話題は出身地。山形と答えると「さくらんぼ!」と勢いよく返されます。通な方は芋煮!と言います。コミュニケーションは大体ここから始まります。村の出身ですので、東京に来るまでは田舎が嫌でたまりませんでしたが、山形の良さを感じる日々、最近では地元での生活を恋しく思っています。

 大学で働きながら大学院に通っていた頃、昼夜なく過ごし、時間にも心にも余裕のない生活を送っていました。多くのことが次々に過ぎていく日々で、空を見上げることもほとんどありませんでした。余裕が出てふと見渡すと、東京は緑に溢れています。交代で様々な花が咲き、緑が茂ります。いまだに新たな発見があります。例えば最近では幹が特徴の百日紅。今年鮮やかなピンクの花が咲いているのを発見し、これがサルスベリの花…!?意識して見ると、民家の軒下や施設で驚くほど見かけます。今まで気づかなかった自分にびっくり、このような調子です。通勤路である駒沢公園を横切りながら、草花の色づきや香りに季節を感じて生活できることは贅沢であり、心が和んで豊かになったような気持ちになります。年齢のせいでしょうか。

リレーエッセイ 第19回 学部8期生・博士前期課程8期生 石田(旧姓:瀬川)真澄さん

 ほとんどの方は初めまして。学部及び博士前期課程8期生の石田(旧姓:瀬川)真澄と申します。

 私は博士前期課程(基礎看護学講座渡辺研究室)を修了後、約2年間地元山形で看護師を勤め、その後上京して現職である臨床開発モニター(CRA)に転職しました。皆さんはCRAという職業をご存じでしょうか?CRAは、簡単に言うと新薬の開発(治験)に携わる職業です。具体的には、医療機関を訪問してDr.に治験実施の打診をしたり、契約を締結したり、関連法規や計画書を遵守して治験が実施されているかを確認したり、症例報告書(治験のデータ)の妥当性を確認したりそれを回収したり、Dr.のご機嫌を伺ったり薬剤部長にけちょんけちょんにされたり院内の治験スタッフにいちゃもんをつけられたりする仕事です。よくわかんないし大変そう、と思われるかもしれませんが、やり甲斐を感じることも多いです。いちばんは何と言っても、開発に携わった薬剤が承認されること!日本中の患者さんが、自分が開発した薬剤を使うんです。自分が開発した薬剤で、自分の大切な家族や友人の命が救われるかもしれないんです。新聞やTVでその薬剤がクローズアップされていたりすると、思わず鼻息が荒くなります。他にも、会社の経費(+α)で全国各地を旅行できたり、会社の経費で貯まったマイルで海外旅行ができたり、(弊社は裁量労働制なので)仕事をさっさと終わらせて自由に早退できたり、オイシイことづくめのお仕事です。

 数年前に管理職に登用され、また、一昨年に出産しワーキングマザーになったことで、外勤よりも内勤業務が増えたためオイシさは半減しましたが、マネジメントやメーカーとの折衝、はたまた昨今国を挙げて取り組んでいる働き方改革など、いちCRAとは違う面白さや難しさを感じながら働く今日この頃です。

 ところで、CRAのバックグラウンドで大多数を占めるのは薬剤師です。弊社も例外ではなく、社員の70%が薬剤師、15%が理学部農学部の化学系、10%が臨床検査技師、残りの5%が元MRや看護師です。 看護師が少ない理由は、何より情報がほとんどないことだと思います。私自身、学生の頃はCRAという職業を全く知りませんでした。しかしながら、CRAにとって、看護師の知識経験や感覚(これが結構大切。)はとても重要なエッセンスだと考えています。転職を勧めるわけではありませんが、もしCRAに興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、是非ネットで検索してみてください。樹氷会を通して私までご連絡いただいても構いません。看護師CRAが1人でも増えることを願って…。

リレーエッセイ 第18回 学部9期生・博士前期課程9期生 八木(旧姓:佐伯)街子さん

 部活の後輩である岡崎祥子さんからバトンを引き継ぎました,学部9期/博士前期課程9期生の八木街子(旧姓:佐伯)です。卒業後は上京し,予想していた数十倍楽しく看護師として勤務したのち,大学の教員になりました。現在は,自治医科大学で学部に加えて看護師特定行為研修センターで教員をしております。特定行為研修には山大の卒業生もいらっしゃることがあり,とても嬉しい気持ちになります。

 山形大学では渡辺晧教授のご指導の下,注射部位に関する研究を行っていましたが,現在は,学生さんがより効率よく効果的に学べるようにする環境づくりや支援を行うことが研究テーマであり職務になっています。ラーニング・アナリティクスといって,テストの結果や学習時間などを分析し,ひとつの授業だけでなく,時にはカリキュラム全体を見直し改善を行っています。素行の良い学生ではなかった自分の経験が,デザインする上で活きる時もあります。無駄なことは何もない…ということでしょうか…。大学の教員になり,臨床とはまた違った面白みを感じるとともに,教育をする上では実臨床が非常に重要だと痛感し,実習に行くたびに勉強させていただいています。

 さて,研究の関係でハワイ大学とご縁があり,たまにお邪魔しています。ハワイ大学は冷房が強いため,スウェット(最近はフリース)が必須です。常夏なのに極寒の地ですが,私にとっては最高の癒しの時間,仲間に会える場所でもあります。看護学部があるマノアはオアフ島の中でも山側にあり,緑が多いところです。それが由縁でハワイ大学のスクールカラーは緑,山大と一緒ですね。帰り道,The Busを待ちながら,山側に大きな虹が現れるのを見るだけで,「いろいろ大変だけど,ま,大したことないな。」と思えてしまうからおかしなものです。

 大学の教員は,教育,研究,社会貢献など非常に多忙ではありますが,何かを生み出したり,繋げたり,支えたりできるやりがいのある仕事だと思います。看護系大学が増えている昨今,大学の教員という職も面白いと思いますよ。

 2016年も残りわずかとなりました。来る年の皆様のご多幸を祈念しております。

リレーエッセイ 第17回 学部11期生 岡崎祥子さん

 看護学科11期生の岡崎祥子です。この度縁あってリレーエッセイという機会を頂きました。何を書いて良いのか分かりませんが,思うことをしばし書き連ねたいと思いますので少々お付き合いください。私は、出来れば大学の方が保健師の資格も取れるし将来の選択肢も広がるだろう、と山形大学へ進学したはずでしたが、気付けば卒業後急性期病院で看護師として働き10年目、病棟も入職してから一切変わらず循環器内科にひたすら勤務しており、想像とは大分異なる生活を送っています。

 仕事はハードながらも充実感を得ておりますが、やはり学生の頃のようには自由が利きません。数少ない趣味であるお酒と旅行、スノーボードを仕事の合間に詰め込んでおりますが、元来怠け者な性分のため仕事が忙しくなると中々実行出来ない上に、昨シーズンは暖冬で雪も全くと言って良いほど降らず、滑り足りないまま春を迎えました。とは言えスノーボードを始めて数年経ちますが大して上達せず、せっかく山形で4年間も生活していたのだから学生の頃からやっておけば良かったと後悔しきりです。ここ数年は、早く雪が降らないかなあと夏のうちから考えてしまいます。

 冬は雪山中心に旅行を計画していますが、他シーズンは近場から遠方まで、時には海外まで足を延ばすようにしています。しかしながら万年人手不足の当病院では、勤務希望は中々にシビアで長い連休は夏季休暇くらいしか取得出来ません。たまに月末から月初めを繋げ何とか休暇をもぎ取っております。行きたい場所ばかりが増えていく日々ですが、大学卒業から10年、毎年欠かさずに行っているのが同じゼミ生だった同期5人での旅行です。職業柄、休暇を合わせることがとにかく難しく全員が揃わないこともしばしばですが、近県を中心とした小旅行を楽しんでいます。学生の頃のくだらなくも楽しい思い出話から近況報告まで、とにかく楽しい時間を過ごし、また一年頑張ろうとリフレッシュ出来る貴重な会合です。今後も楽しい時間を自分で作りながら、この仕事を長く続けていきたいと思うこの頃です。

リレーエッセイ 第16回 学部11期生 浅野遼子さん

 看護学科11期生の浅野遼子と申します。この度,同期生の福岡英恵さんからバトンを引き継ぐことになりました。これまで母校である山形大学に貢献することがなかったので,この機会に少しでもお役に立てたら,と思っております。

 私は大学卒業後,出身地である仙台へ戻り,仙台の病院で看護師として働いています。呼吸器内科,消化器内科,眼科,老年内科の混合病棟で3年働いたのち、救急部へ異動になって6年になります。今まで悩んだことや,仕事を辞めたいと思ったことは数え切れないほどありますが,4月からは看護師10年目。指導される側から,指導する側へと立場が徐々に変わってきましたが,まだまだ至らない点ばかりで未熟だなと思います。

 私が今働いている救急部は,事故や火災による外傷や熱傷,脳卒中等,突然受傷・発症した患者さんが主に搬送されてきます。患者さんの治療と診断が同時に行われていく救急の現場に,最初は戸惑ってばかりでした。重症な患者さんが多く,急変や状態悪化の兆候を見逃していないかと,緊張することが多い日々です。突然のけがや病気,それによる後遺症は,患者さんやそのご家族の人生をその日から大きく変えてしまいます。現実を受け入れることが困難なことも多く,患者さんの身体的なケアはもちろんのこと,患者さんやそのご家族の精神的ケアの重要性やその難しさを日々感じています。

 寒い冬が過ぎ,暖かい春が訪れるこの時期。救急部では,お花見や歓迎会の影響で,急性アルコール中毒の患者さんが増え始める時期でもあります。搬送されてきたサラリーマンや学生さんを看るたびに,「仕事の後の一杯って幸せなんだよなぁ。でも,私も呑み過ぎて搬送されないようにしないと」,と気を引き締める日々がこれから続きそうです。

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